2012年03月23日
う~ん
どうにかツイッターとブログタイトルを共有する方法ないかな~ あるならだれかおしえて~ ggってもさっぱりわからんw
Posted by gcapvcxmkr at
22:24
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2012年03月23日
◆ くまさん、一杯!!
「小さいくまさん」袋に一杯、20匹位いそう!! 友人がUFOキャッチャーで取った物です。 すっごく上手で軍資金は、僅かみたいですよ。 ストレス解消だそうです。 いつも、ポキオが付けてるアクセサリー?も ほとんどが、この方からもらってます
Posted by gcapvcxmkr at
14:20
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2012年03月23日
陸前高田中学教師つくし先生の最後のホームルーム!
陸前高田中学教師つくし先生の 最後のホームルーム! 当時中学2年生だった生徒たちと、3年生を送る準備をしている時、地震はおきました。 着の身着のまま、逃げて、全員無事でした。 しかし、学校を失い、教材・教具を失い、一時は授業や、部活も失われました。 母を失った子もいます。 しかし、その中で生徒たちは、たくましく育ち、先日立派に卒業してゆきました。つくし先生の綴る“被災日記”に励まされてきた一人のブロガーとして、 この感動を、多くのブロガーに伝えたいと思い、最後のホームルームの記事を転載させていただきました。 併せて、つくし先生の他の記事3本、および、同じく被災県の、福島・いわき市の黙々たる実践、および、岩手・宮古民商便り、同じく岩手・北上民商便りの記事をURLでご案内いたします。 【転載本文】 最後のホームルーム http://blogs.yahoo.co.jp/kikutuyo1977/8788816.html 2012/3/22(木) 午前 0:47 日記 地震 卒業式も終わり 体育館から退場してきました。 教室に戻り あとは最後の帰りの会です。 これが私にとって彼らに対する最後の授業 彼らにとって 中学校三年間の そして義務教育最後の帰りの会となります。 まずは配布物 卒業文集が届きました。 実はこれ、全員分で7万円かかりました。 しかし、全国からのご支援で 支払うことができました。 全国のみなさま、本当にありがとうございました。 最後の学級通信「旅立ちの唄」最終号。全部で60号ほどの量でした。 4月20日辛い中での学校再開 このとき、新たな旅のスタートと、 卒業の時にすばらしい旅になるようにという意味を込めて 通信第1号を読んだ記憶があります。 (そのときも泣いてしまい、それがNHKに出てしまいました・・・) 今回は通信は家で読んでくれと言いました。 私は前日、徹夜で習字で 式辞用紙に作文をしてきました。 いつもおちゃらけてばかりの私、 文章も苦手なわたしでしたので、 じっくりと考えてきました。 彼らに伝えたいこと。思いを。 ここに載せます。文章はヘタクソでごめんなさい。 旅立ちの言葉 3Aのみんな、卒業おめでとうございます。今こうして33人全員が無事に卒業式を迎えられたことは、本当にうれしいの一言に尽きます。みんなと初めて出会ったときは本当に考えも行動も幼く、当時の先生に毎日注意されているのを見ていました。M先生、大変そうだな。なんて人ごとに思ったときもあります。そんななか、私はみんなの担任に立候補しました。なんででしょう。自分でもわかりません。でも、出会いは偶然ではなく、必然であるといいます。私はそういうのを信じています。いや、信じざるをえません。一生忘れることのできない1年前のあの日。いえ、その2日前から、今思うとたくさんの偶然が重なっているのです。3月9日大きな揺れがありました。この日はテストでした。いろいろな事情があり、テスト監督は担任がすることになりました。そこに大きな揺れが・・・そしてあの3月11日。卒業式練習ということで全校生徒が一箇所にいたこと、インフルエンザが流行ったために上着を強制的に着せたこと、それらすべてが、あとあとのことを助けてくれる要因となりました。 起こるすべてのことは何かしらの意味があります。あの日を経験し、それからの日々、困難な日々、悩む日々、悲しむ日々・・そんな毎日に光を照らしてくれたのは、まぎれもなく、3年のみんなでした。 すぐ喧嘩する、忘れ物をする、モノを壊す、授業中注意される、そういう学級に対して厳しすぎるほど注意をしていたことを覚えています。ここで直さないとまずい、そんな気持ちで仕事をしていました。しかし、そんなことは小さいことだったと思い知らされました。 避難所でのみんなの行動は素晴らしいものでした。助け合いながら生きているみんな、何もない生活なのに、時間はしっかりとみんなを大人に近づけていました。私の注意してきたことなんかくだらないと思えるほど、みんなは動いていました。部活ができないことへ文句一つ言わず、中止と思われていた大会が開かれると知った時のみんなの笑顔は最高でした。何一つ文句を言わずに、現実を取り入れ、乗り越えていくみんなには、本当に頭が下がります。 震災のことだけではありません。年頃のみんなが集団で生活をしているのです。さまざまな悩みや問題もありました。友達のこと、部活のこと、進路のこと、しかし、解決まではいかずとも、耐え抜いたり、いつの間にか乗り越え、今日という日を迎えています。文化祭、本気で燃えました。最優秀賞は最高の思い出です。修学旅行、最高に楽しかったです。みんなは本当に時間にルーズです。でも、反省し、改善できる素晴らしさがあります。みんな、忘れないでくださいね。この大変なときに、たくさんのお金を支払って修学旅行に行かせてくれたお家の人のこと。一回、うしろを振り向いてみてください。 私は親や先生に良く言われたものです。勉強しろとかイイ学校に行きなさいとか。うるさいなと思ったり、あんな大人には絶対ならないとか思っていた自分が口うるさい大人になっていました。みんなにもいつもネチネチ説教する先生と言われてますね。笑い話です。 私は、まだまだ未熟者。歳だけはとっても、考えがまとまらないし、人前で話すのは実は苦手だし・・・。もし、みんなの担任がベテランのすばらしい先生ならそうだったのだろうか・・そんな嫌なことを考えてしまうことがあります。ごめんさなさい。でも一生懸命やってきました。時には誤解も受けたかもしれない、不器用でダメダメな私でした。でも、私自身がみんなと共に過ごせて成長することのできた2年間でした。ありがとう。みんなともっともっと話をしたかった。あれをしたかった、こうしたかった。悔いはたくさんあります。 今、みんなはりっぱに大人に近づいています。中学を卒業したら、もうみんなを守る義務教育はありません。自分の行動に責任をもっていかなければなりません。でも、この中学校生活を乗り越えたみんななら絶対に大丈夫です。 最後のお話です。みんなの悩みをきいたとき、あ、いつの時代も同じだ。そう感じました。いいじゃないですか。悩んで。たくさん笑ってたくさん泣いて、感情をもっと出したって。笑いたい時に素直に笑顔をだせる大人になってください。自分の心が傷つくのを恐れないでください。それでももし傷ついてしまったら・・・周りを見てください。あなたとともに過ごして、いろいろなことを乗り越えてきた仲間がたくさんいます。そういう仲間を大切にしてください。人に優しく、自分に厳しく!これがモットーです。でも少し自分にも優しくしてくださいね。 人を思いやる心、そして結びつく心、絆を大切にして、これから、また新しい道にむかって突き進んでください。これからもみんなのことをずっと応援しています。 みんな、卒業おめでとう。そして、今までありがとう。 さいごに保護者の皆様、たよりない担任でしたが、最後までご協力くださいまして本当にありがとうございました。この度はご卒業おめでとうございます。 平成24年3月15日 3A担任 つくし 実は、スムーズに読めていません。 泣き虫先生のあだ名はだてに付けられているわけではありませんから。 教室中にテレビ局・・ そんなのおかまいなしに メソメソしながら読み上げました。 朝の会や帰りの会、 話の苦手な私は いつも話が短いのですが、 最初で最後の長いお話。 でも、みんな真剣に聞いてくれました。 ありがとう。 こうして、最後の授業は終わりました。 みんなこれから 新しい夢に向かって歩いていきます。 旅の始まりです。 帰り際、 私のもとに女子生徒みんながきました。 手紙をくれました。 今までの感謝の気持ちが記されてありました。 男子生徒がきました。 先生、高校の制服見せにきますから。 うれしいセリフです。 お母さんをなくした生徒が話をしたそうにしていますが、 人見知りのする子ですから なかなか来ません。 私が声をかけました。 まだまだ会えるよ。 お前、あの言葉りっぱに言えたね。 お母さんに届いたよ。 なんて会話をしていたら 涙がでてきましたので、つい 肩を抱き寄せてしまいました
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05:45
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